人体解剖図 人体の謎を探る５００年史

なぜ「生きているかのように」ポーズをとらせたのか？西洋の人体解剖図の歴史的・美術的解説が興味深い。 ** 西洋の人体解剖図の歴史を、沢山の図版を入れて解説したものである。最初に５０ページほどの概論があり、その後に本書の大部分を占める個別の作家・画集の説明、最後に最新の解剖図についての文章という構成。人体解剖図の歴史を、医学的・科学的観点からだけでなく、美術的・歴史的観点からも解説してあるのが本書の特徴の一つである。ルネサンスの頃から始まる初期の図は、なんでこんな描き方なのか「科学的資料」としては現代の我々からすると不可解なものも多い。表紙の、脚の裏に目線を向けている（眼はないのだが）骸骨もその一例。庭園でポーズをとってる骸骨、まるで衣服を広げたかのように内部を見せている人体。解剖している解剖図もある。実物写生を基本に書かれた解剖図でも、なぜそのような書き方をしたのか。内容の正確さとは別の問題点を宗教や倫理観から説明した文章は、解剖図も決して歴史ぬきでは評価できないことを教えてくれる。美術的な表現などの評価もなかなか面白かった。様々な時代背景を持った解剖図の中で、現代の解剖図にかなり近いようなダ・ヴィンチの図はとても異色だったのだろう。「いきものというよりは機械の様に描いている」という評価はとても適切であると思う。以前紹介した『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』にでて来るスメリーの解剖図も載っていて詳細に見ることが出来、その精密さに改めて驚いたことでもあった。個別の作家の説明はほぼ年代順に並んでいるので、「科学的」表現の方向が確定していく過程もわかる。１９世紀半ばにまでなると、冷凍して切断し断面図を作成したものなど、現代のデジタル画像の考えにつながるものも載っていて「医学技術史」としても興味深い。「デジタル時代の解剖図」と題された最後の章では、３D画像から取り出して表面処理、陰影、彩色などの手を加えるとできる「イラストレーション」が紹介される。「解剖図譜と呼ばれる書物はコンピュータ上で閲覧される３D画像集になっていくだろう。P327」との予測があるが、実際にはどうなっていくのだろうか。「描く」ことは「理解する」ことに大変有効である。たとえ「資料」は実測からのデジタル処理画像になっても、実際に「見」、自分の手で「描く」ことはなくならないで欲しい。文章としては、淡々として面白みは少ないが、じっくり見れば見所は多い画集である。科学的にはあまり価値はなくなった古い時代の解剖図については、本書にある西洋のもの以外、中近東やアジアのものなども是非紹介し、背景にある「人体に対する考え方」などを論評して欲しいものである。